恋い慕う、想い人
存命ならば、今年で89歳になられる。
その方初めてお会いしたのは、もう40年も前、「モーツァルト教会」という
小さなサロンに足を運んだ時のことだった。
大学でフランス語を教えておられるという、端正な身なりのその紳士は、上品で理知的、まるで存在そのものが知性のようだった。
それから、年に何回かお話をする機会があり、明恵上人のことを教えてくれたのも
この先生である。
明恵が修行のために自身の右耳を切り落としたことに話が及んだ時、失礼にも、
「嗜虐趣味じゃないですか。」といった私に、
「変態と違うよ。」
と笑って答えてくださった。
「これを聞いておきなさい。」、と小林秀雄の講演を聞かせてくれたこともあった。
そんな先生が、「風景の破壊は精神を破壊する、」と全国に先駆けて県を相手取って景観保全の訴訟をおこされた。
今も満月に合掌していた先生の姿をはっきりと思い出すことができる。
まだまだ教えてほしいことがたくさんあったのに、少し体調が悪いからと入院したまま少しも長く患わず、急に息を引き取ってしまわれたと聞く。
先生、まだまだ教えてほしいことが沢山あったのですよ。
今でも、まだまだ沢山あるのです。
そういえば源氏物語の中で、
「先生は、誰が一番お好きですか。」とお聞きしたことがあった。
「紫君」
そう答えられたのを聞いて、わたしは、少し嬉しかった。